あくあん's blog

つらつらと書きます。最近はカメラの話。書評やガジェットの話なども。

問題解決へのアプローチと、学科の違い

 

先生からの熱い航空disを聞いたのと、この前紹介したシス創でやっていることの話の続きを書きたいという気持ちから、ものを作るときのアプローチと学科態度の違いについて書きます。

 

(注: 航空宇宙学科disとか色々アレなことが書いてあると思うところもあるかも知れませんが話の本筋ではないです。というか見返してみるとそこまでdisってる要素ないと思うのですが...)

 

大きなものづくりと経験の限界

いわゆるものづくりの対象の中で、巨大なもの、すなわち自動車や航空機、船舶などは技術の結晶であり、技術者の花形と言えるでしょう。これらは外身だけ作ればいいというものではなく、動力機構や内装などさまざまな部品を擦り合わせて統合させる必要があります。

自動車を例にとっても、エンジン、パワートレイン、タイヤ、ブレーキ機構、ハンドル、客室など、それ単体だけでも複雑な工学の結晶が1つに統合されているのです。よくよく考えるとそんなのがたくさん外で走ってるなんてすごいことですね。

 

しかし、そのような工学製品は時代とともにますます複雑化してきています。自動車には安全装置が必須になり、船は旅客船として利用され、飛行機も貨物輸送などに使われるようになってきました。

そのような複雑性が増した工学の設計では従来の経験則、すなわち「あの部品はこうであればいい、これらはこのように合わせればいい」というのが"上手く"機能しなくなってしまいます。そのような事例や、それに対処する方法論を以下に書いていきます。

 

理論的なものづくり

技術屋、特に物理学など理論面を熱心に学んできた人たちにとっては複雑性を帯びた工学は大きな興味の対象であり、より解析・分析の欲が出てきがちです。これは大規模なシステム開発において簡潔な実装を好むプログラマーにも言えるかもしれません(自戒を込めて)。

理論というのは積み上げるものであり、その積み上がり自体が美しく見えてしまうことは、とりわけ上記の人たちにはよくあるでしょう。エンジン設計や構造設計など、まさしく力学や流体力学、有限要素法など習ったことの総結集でとてもワクワクするものづくりです。

 

 

誰がそれを使うのか?

しかし、非常に重要な視点がそこには欠けています。いくら美しいエンジンを作ってもそれを使う人がいなければ意味がありません。巨大構造物に限らずとも、例えば3Dテレビ/曲面テレビとか、4K放送(これは政治的意図がありますが)とか、ディスプレイ付き冷蔵庫とか、色々言われてたけどそこまで普及してないものは世の中に多くあります(なぜ日本の白物家電ばかり例が上がるんでしょうか。やはりこの罠にハマってるんでしょうか…)。

 

この前シス創紹介記事でも挙げたSystem Architectureという本のイントロに示唆的な例があったので手短に紹介します。

 

ある航空会社は顧客のアンケートからより早く着くフライトに需要があると認識した。そこで、非常に技術力の要する近音速旅客機を納入し、旅費値上げと引き換えにフライト時間を5分縮めることに成功した。しかし、それは税関や飛行機誘導の時間を短縮することで得られた上、顧客はそこまで(価格に対して)時間に敏感ではなかった。

 

もう何が言いたいかわかるでしょう。工学製品というのは使う人の目的達成のためにあるのであり、工学のためにあるのではないということです。

 

解決道具としての工学(技術)と研究活動

上の例でもわかると思うのですが、この話は研究活動の重要性を否定しているわけではありません。目的が「顧客により高い質のサービス(この場合、より早い旅行全体の時間)」なので、選択肢として税関などの時間を短縮する、チェックインの手間を短くする、誘導時間を短くする、といった選択肢と同列に飛行機自体の改善があり、目的達成のために工学が最優先されるというわけではないというだけの話です。

ある工学分野自体を進展させるような研究活動は当然工学の中でも重要でしょう。この中では工学の理論的側面が重要視されます。しかし、工学を利用したサービス・プロジェクト全体ではその理論的側面が影を潜め、工学は道具として見られるようになります。

ただ、そのようなサービスやプロジェクトの検討の中でも工学がより幅を利かせてしまうことがあり、そのようなケースでサービス全体の失敗が引き起こされてしまうことがあります。

 

利害関係者(Stakeholder)の重要性

 

ではどのようにこの工学の自己満足・暴走を止めればいいのでしょうか。そこで登場するのがStakeholderという考え方です。プロジェクト自体の設計や工学とプロジェクトの関わりを考える上で、当たり前のように見えて見落とされがちな考え方です。

Stakeholderとは何か?日本語だと利害関係者という訳になりますが、工学の場合は出資者や利用者、使用者(利用者と違う場合があるので注意)、業界全体、政府機関などが挙げられます。もちろん製造者もこの中に入ります。しかし、この中では製造者は中心ではありません。どの関係者がどの他の関係者にどのような影響を与えるかを考えた上で、全体がより良くなるように(例: 出資者や製造者が利益を得て、使利用者が満足するなど)、ものを作るべきなのです。

 

飛行機や船舶に限らず、都市や情報システムなど、巨大なもの、多くの人が関わるものを作る際はこの認識を持つことが重要となります。Stakeholder全体を設計目的の中心に据えることで、工学の暴走を防ぐというわけです。おそらくこの辺りがシステム創成学科の独特の考え方なのでしょうか。本来工学部は全員これを知っておくべきだと思うのですが。(特に航空宇宙はこの考えが普及してないらしいです。先生談。)

 

ホンダジェットMRJ

 

航空宇宙とJapanese Traditional Big CompanyのM菱を絡めてdisります。嫌な人はスキップで。

 

日本発の飛行機としてホンダジェットMRJという明暗がしっかり分かれた事例があります。なんでこんなことになったのでしょう。日本は戦後に飛行機開発を禁止されて、2社の技術的・財政的ベースもそこまで変わらないはずなのに。

 

飛行機を飛ばす(飛ばなきゃ意味ないですものね。この例では)には、飛行機の型式証明(安全基準とか環境基準とかの証明書)というものが必要になります。これは主にアメリカが出すのですが、ここに2社の違いが現れました。

 

ホンダはアメリカに現地法人を作り、法人構成員の半数ほどを現地の人に割り当てました。その結果、型式証明に関するノウハウや人的ネットワークなどを手に入れ、無事証明を得られました。

一方三菱は日本でほぼ全ての設計などを行い、鳴り物入りで飛ばそうとしますが、そこからが苦難の連続。未だに型式証明を取れておらず、先日はブランド名を新しくして再出発を図るまで落ちぶれています。

 

ものが良いだけでは売れないだけでなく、認可すら得られない。おそらく三菱が飛行機を飛ばすのはあったとしても遠い先でしょう。アメリカの認証機関という超重要Stakeholderをあまり考慮しなかったツケは大きいようです。

 

ブランドという特殊な事例

先程太字であったように、飛行機は飛ばなきゃ意味ないものです。普通は。

しかし、世の中を見渡すとなんとも車高が低く荷物が入らない、そのくせエンジン音だけは馬鹿でかいスポーツカーや、ただ革をまとめただけのバッグや、時間を見るくらいしか用途がなさそうなアホ価格の腕時計などがいくらでもあります。ランボルギーニエルメス、ロレックスなどを買う人は頭がおかしいのでしょうか?

 

まあ多少おかしいところもあるかもしれないですが、そうではありません。ブランドとはそれ自体に価値があり、交換可能でないものなのです。使用者(Stakeholder)がそこに価値を見出せば、その工学品は受け入れられるのです。そしてその代替不可能性が、全体に持続的な利益をもたらす構造を作り上げます。これについては別の記事で書きます。

 

工学の面白さ、System thinking

長くなりましたが、要は使う人のこととか考えようねという話です。工学は理論的側面から実装されるその様にも面白さは多くありますが、ものを作る、設計する、運用するという立場に立てば、関係者全体を考えていかなければならないということでした。この考えをより体系化したのがSystem thinkingと呼ばれています。シス創はあまりこのような考え方をストレートにする授業は多くない(というかない)ですが、この考えを体系化しているという点で他学科と大きく違うので、シス創に興味ある人は是非覚えてもらえると嬉しいです。

 

 

補足

なんか知らないですが本筋には「当たり前やろ」という意見が多かったので、補足としてSystem thinkingのうち重要なStakeholder value networkという考え方の図を載せておきます。このような図の中で、どの関係者をどのように状態変化させるか(どの状態パラメータを変動させるか)を設計段階で考えるには、当該関係者との交渉や事前調査などが重要になってきます。まあ結局は人が動いて考えないと何にもならないわけですが、要件定義と同じく、一旦考えるものをすべて言語化・外部化してみないと設計はうまくいかないというわけです。(当たり前だったら世の中もっと良くなってるはずなんですがね... 住宅・インフラ開発とか金融機関とか。あと、読んで当たり前と思うことと普段から意識することって違うんでしょうね)

 

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https://www.researchgate.net/publication/259589994_BP_Stakeholder_Value_Network?enrichId=rgreq-4e809531ff8a81546cd61055164e360d-XXX&enrichSource=Y292ZXJQYWdlOzI1OTU4OTk5NDtBUzoxMDQyOTg5NjA2NTQzMzdAMTQwMTg3ODIxODA0NA%253D%253D&el=1_x_3&_esc=publicationCoverPdf より

 

2019/6/24 一部加筆しました。

 

参考リンクなど