あくあん's blog

つらつらと書きます。最近はカメラの話。書評やガジェットの話なども。

システム創成学科ってなんだろう

Fランと揶揄されたり犯罪者を輩出したり、はたまたかの有名な人工知能関係の先生がいたりしますが。


東京大学工学部システム創成学科ってどういうことをする学科なのでしょう。 進振りの時期が近づいてきてるしサークルの後輩などからもシス創Cについて質問を受けたりするので、Twitterには書ききれないシス創のカバーする領域や考え方、社会とのつながりなどをシス創Cコース在籍の私なりにまとめてみます。



1. システム創成学科をとりまくキーワード

この辺りのキーワードがシス創っぽいんじゃないでしょうか。あえてシステムという言葉は使わないようにしています。この記事全体を読めばなんとなくキーワードの意味がわかる風に書くつもりです。

複雑科学、経営工学、知識工学、環境学、海洋工学、社会工学、原子力工学、ソフトウェア工学、人工知能、モデル化、シミュレーション、コンピューティング、政策分析、意思決定支援、構造化、デザイン、知識発見


2. システムという考え方

ここからが本題です。
システムってなんでしょう?この学科の胡散臭さを際立たせている単語ですが、前述のキーワードから分かるように非常に多岐にわたる研究の背後には(おそらく)統一された考え方があります。その考え方や研究の方法について書いていきたいと思います。

まず、いきなりですがシステムとはずばり

複数の要素が相乗的に作用しあい、要素総合以上の価値を創造するもの

という感じで私は捉えています。意味がわかりませんね。この定義に基づいて学科のカリキュラムや研究の方向性が存在すると思うのですが、この考え方は非常に教科書的・抽象的なので、より具体的な話をした上であとで戻ってこようと思います。

2. 1. システム的な思考の分類

このようなシステムについての捉え方を前提とした分野として、主に4つの分野が挙げられています。それぞれ、システム哲学、システム理論、経験的システム研究、システム方法論と呼ばれます。下の表に大雑把にまとめます。

分野 内容 具体例
システム哲学 システムという用語の論考 システム存在論、システム認識論
システム理論 システムのモデル化 線型・非線形システム理論、制御理論、オートマトン、計算可能性理論
経験的
システム研究
対象システムの挙動観察・予測 ヒューリスティクス、コンピュータシミュレーション
システム方法論 人工システムの分析と構築 システム工学、システム分析

シス創では大まかに下2つの、特に経験的システム研究について扱っていることが多いです。対象とするシステムの挙動の観察(理解)や予測について、以下でもうちょっと掘り下げます。

2. 2. 複雑な事象をどう理解するか -システム的な思考-

たとえば自動車、船舶、飛行機などの乗り物を考えてみましょう。技術者としてはこれらの"性能"を上げたいわけですが、その時に様々なことを考えなきゃいけません。燃費、空気抵抗、制御機構etc...
設計変数(調整できる変数。重量や大きさ、センサ/アクチュエータ精度、応答時間など)はたくさんありますが、経験則だけではより良い設計をするのにかなり時間がかかり、複雑さが大きいため既存の物理法則などで完全に記述し切って最適な状態を導き出すのは数学的に不可能なことが多いです。

そこで、そのような複合的人工物などを実現可能かつ現実的な時間内で包括的に理解するための体系的な考え方が必要になります。これこそがシステム的な思考であり、様々な形をもつシステムがどのように振る舞うのかを抽象的に検討することで、具体的な人工物(自動車や船舶など)がどのような法則の中で動いているのか、どのような挙動の可能性があるかをより理解できるようになります。

そして、システムとして抽象化できるものは何も機械だけではなく、企業などの組織、都市交通、コンピュータソフトウェア、経済現象など幅広く存在します。これらの内部挙動・外部挙動の法則を見出すのがシステム科学、と呼ばれる考え方です。

2. 3. モデル化とシミュレーションの必要性

しかし、そのような複雑なものをシステムとして観ただけでは何の技術的進展もありません。自動車などの例では「性能を上げる」という目的があります。
システムをただ観るだけではなく、具体的にどうやって動いているのかを表現しないと自動車の性能向上には寄与しません。そのためには具体的にシステムを記述し(モデル化)、現実世界/コンピュータ上でどのように振る舞うか(シミュレーション)をする必要があります。

システム創成学科では特にこのあたりを中心に、学部の間は物理現象や社会現象などのケーススタディを交えつつ、数理的な手法やコンピュータ上での実践などを授業で行います。実際にモデルを組んだりするのは研究活動になってからが多い感じです。

話はそれましたが、システムを記述しシミュレーションを行うことで前節の「複雑な事象の理解」を1歩進めることができるわけです。

2. 4. モデル化&シミュレーションから得られるもの

再び問題を整理しましょう。いま考えている例では「自動車の性能をあげる」といったものでした。モデル化とシミュレーションによって、自動車のA, B, C, Dという因子があったとして、どの因子が性能に直結しているのか、どの2つの因子がトレードオフの関係にあるかなどを分析することができます。また、定量的分析によってどの因子がどの程度影響するかも理解することができます。

こうすることで自動車などの設計や現象理解の仮説を引き出したり、検証したりといった作業がより効率的にできるようになります。

2. 5. システムの定義に戻る

ここまでの流れを整理すると、システム創成学科で扱われることの多い、経験的システム研究のアプローチは

複雑な現象が存在→モデル化→シミュレーション→シミュレーション結果から分析、知見の発見

となっています。でもじゃあ一体システムという言葉はどういう意味なのか?もう一度システムの(私なりの)定義をみると

複数の要素が相乗的に作用しあい、要素総合以上の価値を創造するもの

となっています。この「システム」という考え方がどこに生かされるかというと「モデル化」の段階になります。どうやって上手くモデル化するか、どう少ない変数で現象を記述するか、そしてモデルはどうあるべきかを考える方針としてシステムの定義を使っています。

なので、システムという言葉はあくまで標語的なものでしかないという見方もすることができます。なんだかふわふわとした話になってしまいますが、これ以降の話でもう少し肉付けしていきます。

参考:既存のモデリングと最近の別のアプローチ

感がいい人はなんか気づくと思います。「結局モデル化に数式を使うなら機械工学とかと変わらないのでは?」

実際その通りで、モデル化のプロセス自体は他の工学系の発想や経済学と変わらないと考えられます。他学科とシス創との違いは、モデル化した後のシミュレーションによる考察や、それをもとにした意思決定支援などに重きをおいている、という点だと思います。

さて、最近のシステム科学には別のアプローチがあります。もうブームが過ぎましたが、機械学習という手法です。
今まではモデルがホワイトボックスで数式によってモデルを記述していたのですが、大量のデータをインプットとして与え、ブラックボックス的に処理を行いアウトプットをする機械学習という手法は、これまでのシステム科学のアプローチと異なるものです。
このようなインプット・アウトプットに注目したシステム観に立ち、研究をするのが(現在の)人工知能と呼ばれる分野の立場なのでしょう。ちなみに機械学習を使った研究をする研究室はシス創にも多々あります。

ここらへんの話は学科民のAくんともいろいろ話して勉強させてもらいました。以下のJSAIの記事もおすすめです。
参考: https://www.dropbox.com/s/fxf7ayeh7q620d4/jsai.pdf?dl=0



3. システム創成とは

企業や都市交通、環境など複雑で複合的な事象には様々な問題(渋滞や環境破壊などがわかりやすい例でしょうか)があります。それを前述の流れでモデル化とシミュレーションによって理解し、問題解決のための改善策を(できれば)定量的に示すことがシステム創成学科の主な研究内容です。
複雑な「システム」を理解し改善を目指したり、内部状態やシステムに関係ある変数を変化させることで、システムの状態を新たに「創成」するのがこの学科の方向性なのでしょう。文章が伝わらなかったらごめんなさい。



4. 工学部的なマインド

なんだかこうやって書いてみると非常に抽象的でものづくりの工学部っぽくないので、なぜ工学部にシステム創成学科があるのかを考えてみます。
前に書いたようにシステムとはあくまで考え方であり、現象分析に組み込むための方法論でしかありません。しかし、このように考え方(フレームワークともいうのでしょうか)を道具として使い、現象分析や改善策提案を行うところに工学部的なマインドがあります。

システム創成学科はシステムの記述方法や理論的な枠組みにはあまり関心が高いわけではなく、Scienceとしてシステムを記述するのではなく、現実の問題解決手段としてシステム記述を行うのであり、その記述対象が様々というだけで手続きそのものはengineeringのそれになります(と私は思っています)。



5. 学科内の3コースの違い

学科全体としてはここまでに書いたようなシステムとは何かという話、およびそれに基づいたモデル手法の事例などが展開されます。各種の力学や数理的な解法の話、環境や経済といった事例の話、コンピュータを用いた各種モデル実装やシミュレーションの話、インプットとなるデータやアプトプットの数学的処理(統計)やデータの扱いの話、データからの発見的手法の話などが学科カリキュラム共通の話題になります。


ではコース別ではどうなのでしょう。システム創成学科には環境エネルギーコース、システムデザイン&マネジメントコース、知能社会システムコースというこれまた非常に胡散臭い名前のコースに分かれています。それぞれA, B, Cコースと言われたり、学科内では英語名の略称を取ってE&E, SDM, PSIと言われたりします。ここではめんどくさいのでA, B, Cで書きます。
Aコースでは主に原子力やエネルギー関係のことを、Bはもともと原子力系だったらしいですが今はさまざまな複雑システム関連などいろいろ集まってる感じらしいです。Cはもともと船舶工学なのですが今は社会経済系や情報社会系がメインな感じがあります。

6. 学科の実態

意外と平和です。まあテストもそこまで大変じゃないし研究室も先生と面談して決める感じで特にヤバいいざこざが起きるわけでもありません。また、他学部は10単位まで、工学部他学科は30単位くらい卒業単位に算入できるので、シス創にいながら計数工学科や電気系、機械系などに近いカリキュラムを組むこともできます。
あと、過去にやらかしがあったのでシステム創成学科の学生は学内での飲酒が禁止されています。問題があったらとりあえず禁止してシステム外に追いやるというダメ組織あるあるの事務のやり方はシス創っぽさ0ですが...



7. 関係する大学院

  • システム創成学専攻
  • 新領域創成科学専攻
  • 情報学環
  • 技術経営戦略学専攻
  • 原子力国際専攻

システム創成学専攻や新領域創成科学専攻は上述のプロセスを忠実にやっている感じがあります。情報学環は情報社会よりで、技術経営戦略学専攻は企業や経済などに分析対象をしぼった感じ、原子力国際専攻は名の通り原子力や物理系の研究をするそうです。
しかし、今年に関しては最近の情報系流行の一部なのかどうかはわかりませんが、シス創から情報理工に進みたいと考えている人が多い印象です。

ちなみにシス創を情報系だしと思って進振りの志望にすると多分後悔とまでいかなくてもちょっと違う感を感じるかもしれません。シス創は情報系の技術を道具としてしか使ってないので、情報系のことをやりたいなら大人しくeeic(電気系)や理学部情報科学科、計数工学科などを目指しましょう。

8. 参考

  • システムの科学 ハーバード・A. サイモン著
  • システムズ・アプローチとは何か, 中野文平



9. リンク

東京大学工学部システム創成学科


この記事は適宜追加・修正予定です。